片思い日記―転がり落ちる

「チケットいりませんか」

会社が主催するとあるイベントのチケットを渡すことを口実に、また会いましょうと誘ってみた。

彼自身が元々興味のある分野ではなかったようだが、同僚たちと観にいきたいとのことだった。

お互いの仕事の情報共有も兼ねて、前回と同じカフェで待ち合わせた。

夏まっさかり。なのに、うっかり窓際に座ってしまった。

そして狙い澄ましたかのように、私の右太ももだけを集中攻撃する日差し。

「熱い…」と思いつつ、彼との会話を中断させたくない。

何ともない顔をして会話を続けていると、突然彼が

「そこ、熱くありませんか?席移動しましょうか」と提案してくれた。

別に、顔に日差しが当たってまぶしそうにしていたわけでもない。

なのに、そんなところ(太もも)に気配りができる彼に、感動してしまった。

単純でベタかもしれないが、思えばこのときが彼に「落ちた」瞬間だったのではと思う。

恋愛ご無沙汰で、さびついていた私のセンサーはちゃんと作動していた。

そういえば、昔の上司が言っていた。

「恋というのは、するもんじゃない。気がつくと、転がり落ちているんや」

「転がり落ちる」というのが、言い得て妙だ。

自分ではもう止められないのだから。

片思い日記―恋の始まり

この恋の結末は、自分さえまだ知らない。

 

 

彼に出会ったのは、昨年夏。30歳を迎えた頃だった。

周囲は結婚ラッシュ。ただ、不思議と焦りはなかった。

仕事はそれなりに充実し、休日は家族や友人ら大切な人と過ごし、満足していた。

一方、恋愛はかれこれ4年していない。

異性に対する感度は、鈍りきっていた。

 

2023年6月、職場の配置換えがあった。

前任から引き継いだ関係先の担当者が、彼だった。

挨拶のため、昼下がりにカフェで待ち合わせた。

約束の時間、きょろきょろしながら近づいてくる男性。

大きな目が印象的で、さわやかな好青年というのが、第一印象だった。

何となく、中年男性が来ると予想していたからか、少し心が浮ついた。

そのときは、仕事だと気を引き締めて、情報交換に徹した。

落ち着いた声、丁寧でわかりやすい説明、気取らない態度。

個人的な会話も交え、笑いもありながら、あっという間に時間が過ぎた。

職場以外で、こんなに楽しく異性と会話をしたのは何年ぶりだろうか。

1時間半ほどで会合を終え、別れた。

その1時間後、お礼のショートメッセージがきた。

それを読みながら、自分の気持ちが彼に傾いていくのがわかった。

早くまた会いたい。

返信を打ちながら、次に会う口実を考え始めていた。